締めるは、開く


考えないで出来るまで稽古する
生死を分ける状況下において、考えて対応する事は不可能だと思ったほうがよさそうだ。考えるという事は、想定外への対応に遅れが生じる為。今まで稽古してきた事(身体)が自ずと答えを導く。その答えは、相手が自分より格上であれば、自分を死へと導く事も覚悟しないと行けないのだろう。怖い怖い。

「剣」が教えてくれた。
手の内を今の段階より一歩シビアにする事や、素切りに切り落としを加えて行く試みを重ねて行く過程において、新たな気づきが生まれた。剣と私の身体の距離がまた少し近づいたような気がして嬉しい。この身体使いがもしや合気に繋がるのでは?とワクワクしている。

今、ハッ。とした事。
日頃の稽古で、「目から鱗」という事が年に数回あります。今まで考えもしなかった身体づかいを知る事になると、目の前が真っ白になる。実生活においてもそうなのかも知れない。何かを成し遂げたい、ああいう風になりたいなど、様々な欲求(夢)が生まれてくる。しかしその表面のみを真似して目指していても、決してその夢は叶わない。その夢の裏側を感じ取る力が必要となる。そう、剣を振るための身体が必要な様に。そして間違った方向の努力を続けても、百害あって一利なし。だから難しい。人はやはり、人に貢献する事で初めてそのいくらかが、自分に戻ってくる。貢献する為に今の自分がどう考え、どう行動するかを日頃から問うてみよう。

締めるは、開く。
可動範囲が大きくなって来る事で、身体遣いの様々な解釈が、180度変わってくるなぁと感慨深い。開く事で締まる。矛盾した表現なのだが、今迄の感覚ではなかった事が、現実に体感として現れる。日常生活の考え方、行動のし方にも影響がありそうだ。





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